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ROTARY SHARES - Wilfrid J. Wilkinson - |
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| 西宮甲子園ロータリークラブ週報 クラブ会報委員長 井上 薫嘉 プログラム委員長 勝部 芳樹 | ||
行事予定
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本日(2月27日)のソング
ビジター な し 卓話予告 2月27日(水)『卓 話』 中川 会員 3月5日(水)『野球を通じてアフリカと繋がる ジンバブエの風』 皆吉 会員担当 伊藤 益朗 氏 出席率報告 吉井 委員長
会長挨拶 森田 副会長 先週土曜日(2月16日)の午後、フレンテホールで、当クラブが主催した講演会「これからの特別支援教育と発達障害児への教育的支援」には、ホールの定員300名を越える人達が集まりました。講師の竹田契一大阪教育大学名誉教授は、宝塚武庫川ロータリークラブの会員で、特別支援教育士資格認定協会会長はじめ、発達障害・学習障害の分野で広く活動されています。 参加者の多くは、教育関係者と、障害者を持つ親族などで、休憩をはさんで3時間近くの集中講演を熱心に聞いておられました。重い内容の話ですが、竹田先生の軽妙で判りやすい語り口で、会場からは時々笑い声さえ聞 |
こえてきました。僭越ながら、先生の話を聞きつつ感じたことを述べたいと思います。 この分野の障害を持つ子供たちに対し、我々は「問題児」という括り方をしてしまいがちです。しかし人間は心と身体、つまり心身のバランスをとりながら社会生活を営んでいると考えられます。身体が病むと、「病気でお気の毒だ」と同情的なのに、心が病むと「本人の心の持ち方が悪い」とか「親の育て方の問題」と切って捨ててしまいがちです。残念ながら、私自身そういう傾向があると思います。「気の病い」もやはり病気であり、それを患っている子供たちも、それなりに苦しんでいるものと考えるべきでしょう。もし彼らが我々の常識外の言動をとったとしても、彼らにすれば、それなりの理由があるのかもしれません。丁度認知症の人たちの徘徊や暴言暴力行為などにも、認知症患者にとっては意味のある、当然の理由があると云われているのと同じだと思います。 このような視点にたてば、教育者や家族のみならず、社会全体が「ケア」の心で接するよう心掛けねばなりません。 昨年から文部科学省は、これらの障害児も、普通のクラスで授業がうけられる「特別支援教育」を制度化しました。学校の先生方は、これらの子供たちをどのように取扱い、いかに育ててゆくか、たいへんな苦労をされることでしょう。 しかしこの難問から逃げずに、眞剣に取り組み、教育方法に道筋が見えてくれば、その方法は、普通の子供たちにとっても、一層効果を発揮するものと思われます。丁度身体障害者のための住いや用具のデザインが健常者にとっても使いやすい「ユニバーサル・デザイン」になるのと同じかも知れません。 最後になりましたが、今回の講演を成功に導びかれた社会奉仕委員会の石川委員長はじめ委員の方々、その他会場での仕事に協力された会員や事務局の野中さんに、厚くお礼を申しあげます。 委員会報告 広報委員会 中嶋 委員長 3/13(木)18時から葉竹にて広報委員会、情報委員会、親睦活動委員会が合同でインフォーマルミーティングを開催します。ロータリーの広報ってなんだろう?というテーマでディスカッションして頂きたいと思います。 | |||||||||||||||||||||
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ロータリー情報委員会 奥村 委員長 ・地区情報委員会主催、3/8(土)ロータリー研究会「ロータリーラウンド」が開催されます。 ・3/9(日)地区クラブ奉仕委員会主催のセミナーが開催されます。 社会奉仕委員会 石川 委員長 2/16(土)講演会は、フレンテホールにて、立ち見やロビーで聞かれる方もおられるくらいの盛況で、事故もなく無事終了しました。皆様、有り難うございました。 ロータリー財団委員会 石川 カウンセラー 国際親善奨学生の山ア美智さんが4月に一時帰国される予定で、プログラム委員長とご相談して一度お話しをして頂きたいと思っています。メールが届きましたので回覧します。 親睦活動委員会 安本 委員長 明後日からの米山ツアーですが、お伝えした時間が間違っておりまして、新大阪13:19出発です。米山記念館では木嶋会員が卓話をされます。服装は上着着用のほど宜しくお願いします。 幹事報告 勝部 副幹事 1)RIよりロータリー財団の2006-07年度 年次報告書が届きました。2006-07年度は収入が支出を上回り、ロータリー財団への支援の協力に感謝いたします。とあります。報告書の完全な財務報告書はRIのウェブサイトで見られます。 2)RIより「人類の為に活動しますW」CD-ROM4枚組が届きました。 プログラム 「最近の世相と社会生活の本質について」 長部 会員 (1) 偽と真 昨年を代表する文字が「偽」であったように、最近の世相は人間精神の悪いところばかり露呈しているように思う。人間が人間として生きていくために当然なければならない社会生活の本質が忘れ去られている。すべて人間関係は信頼によって成り立つものであるのに、それがないがしろにされている。 何らかの理由をつけて自分自身をも誤魔化すという風潮があるのではないか。「赤福」も「吉兆」も目先の利益を得なければという理由で経営者自身が自分を誤魔化していた結果であろう。防衛省事務次官の何とか言う男もそうである。 しかしよく見ればそう悪いことばかりではない、私の周囲の医師は自らの誇りを持って残り少ない命を見守ってくださっているし、職人たちはきっちりした仕事をしてもいる。職人芸でなければ出来ない芸術作品もある。まだまだ捨てたものではないが大雑把に見ると「偽」が目立つのである。 正なる人間には誇りがなくてはならない。それに物を考える習性が必要である。自分の直面した事物を根本的に考えることが必要なんだ。 (2) 愛国心 政治家には選挙ばかりに心奪われて根本的に物を考えることが欠けていることも多い。政治家はもっと美学、芸術学を学んで欲しい。 |
美というのは、「つくる」ことを第一の契機としているし、芸術は「つくる」ことそのものであるからだ。自分達でいい社会をつくり、よい国をつくることに心をこめれば、愛国心は自然に湧いてくるであろう、愛国心教育などを心配する必要はない。 (3) ロータリー ロータリーも物事を根本的に考えることをもっと身につけなければならない。例えば出席率の問題である。出席免除されれば、欠席しても自己記録も出席になるという風潮が一部にはある、真実は何か、皆に公平か、をおもえば欠席が出席になるわけがない。これは会員身分の終結を防ぐものにすぎない。 クラブ細則第9条に「理事会に対して書面を以って、正当かつ充分な理由を具して申請することによって、会員は一定期間内に限り本クラブの例会出席義務を免除する出席義務の猶予があたえられる。」とある。これは欠席を認めるということであり、欠席が出席になるというものではない。猶予と言う言葉は昔、学生の徴兵猶予などと使われた言葉で義務を延ばすという意味である。卒業したらとうぜん兵役に就かなければならない。延ばしたからといってその間出席したことにはならない。 ロータリーはもともと哲学体系があって始められたものでない。実践のなかでその哲学が体系化されてきたものである。だから体系としては方々に齟齬がある、それを補うのは「奉仕を理想とした心」である。分からないことがあれば、「奉仕の理想」の原点に立ち返って考えるべきであろう。それがロータリーの哲学である。 ロータリーは奉仕する人の団体である。もともと団体で奉仕するものではない。それがこのごろ金集めの奉仕団体の様相を強くしてきた。金さえ出しておけば団体が奉仕してくれるわ、と言う安易な気分になってしまうかもしれない。そうではなくてロータリーは奉仕によって自分を鍛えるための組織でもあるのだ。総ての人が自分を鍛えて世界に尽くすなら、ロータリー財団よりもっともっと大きな奉仕になるであろう。金集めの目先の奉仕がそれを邪魔しているかもしれない。 昔のロータリーにもっと魅力があったのはそういう厳しさのお陰であったような気がする。 (4) 人間と社会 人は生きている、両親の下に生まれたのだ。すでに1人ではない。周囲に囲まれて生きているのだ。それ が社会というものだ。社会生活の本質とは人々と生を交流して生かし生かされるところにある。人は常に周囲に対する心つかいを忘れてはならない。 近頃電車に乗っても傍若無人な輩をよく見かける。自分のことしか考えてないのだ、それが自らをも誤魔化す「偽」に通じてくる。 人々が助け合って自らの真実を失った人を真の道へと立ち返らさなければならない。それがロータリアンに課せられたひとつの使命ではなかろうか。 (5) お天道様 昔は「お天道様に申し訳ない」などという言葉があった。太陽はあまねく平等に人々を照らすものですから、それを阻害するようなことをすると申し訳ないというのです。個人の社会に対する目が開かれています。この言葉を今年の言葉にしたいものです。 |